『劇場版 未来のミライ』いいシーンしか無いのに満足度はない。

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Mirai no Mirai (2018) on IMDb


予想通りではありましたが、テレビシリーズのほうが面白かったです。

そもそも、未来のミライは、テレビシリーズとして理想的な形態だった。

幼い少年が毎回、中庭の木の不思議な力によって様々な体験をして、その都度幼いなりの些細な成長をする。そんな連作短篇集として完成度がたかかった。

しかしその連続した話をつなげて見せられると、テレビでは不問にされていた問題が表出してくる。それは毎回成長がリセットされてしまうことだ。そもそも未就学児なので学んだことを忘れてしまうのしまうのは無理からぬことだ。それを話をまたいで、エンディングを挟んで、リアルタイムで一週間置いてから見ると不思議と許容範囲も広がってくる。

ただし、映画になると、間髪を入れず、子供ながらに凛々しい顔をしていたかと思いきや次の場面では泣きわめいている。未就学児のリアルとしては問題ないが、ここまで成長と帳消しを正味3回繰り返されては観客の満足度をげんじてしまう。

また、中庭で起きる不思議な出来事も、動物と喋ったり、未来や過去とつながったりと規則性はない。連作の場合は、「今回はこんな不思議な出来事」で許容できていたものが、「ルール付がよくわからない」となってしまう。

もちろんエピソード自体はテレビシリーズのまんまなので、ひとつひとつのお話は良い。とくに神回と名高い、ひいおじいさんの登場する回は感動的だ。出会いを通して学びがあり、実際に自転車に乗れるという映像ならではの高揚感もある。

だがその感動も数分後には子供らしいふるまいで減じてしまうのだが。

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