帰ってこれない作家としての新海誠監督作品

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【ゲンコー置き場】いつまでたっても丸読みでアドリブ力が育たない感じです。

@@@@@

いよいよ新海誠監督最新作、天気の子、公開ですよ。

というわけで、新海監督の過去作から見えてくる傾向の話なんかしたいと思います。

もちろん私の見立てが正しいというわけではなく、皆様の中の正解の隅っこにに雑念としてちょいとお邪魔できれば  嬉しいなと思っておりーす。

で、深海監督作品をみると、かえってこれてないなーと思うわけです。

まず、物語の一つの形態として、生きて帰りし物語なんてものがあります。

主人公が、日常に問題を抱えており、非日常を通して、問題と向き合いそれを解決して日常へと帰っていく。

クリスマスキャロル 青い鳥 オズの魔法使いなどとか 元いた場所に立って 世界が違って見えてくることによって 心の成長が感じられる

物語の構成自体が、日常から、非日常を体験しに来た観客の願望と一致して、物語を終えた心持ちと重なって、気持ちよく本を閉じたり劇場を跡にできる。

そうして、主人公の学びに、なにか得た感触を持って帰れる。

しかし、お話によっては、一気に現実に突き返すような説教臭い空気になってしまったり、エンターテイメントとしての爽快感をげんじてしまうこともあります。

なので、帰ってこれなくてもいいじゃないの。と。帰りの場面を描かないことで浸りきったような感覚や、特別なお話を見たような、魂を持っていかれる感覚をおぼえたりするもんです。

心に作品が残るというより、作品に心が持っていかれる。そこに特別な余韻が残ると

それで、新海監督の作品を雑に振り替えてみたいとおもいます。結末のお話なのでその都度ネタバレに触れていきますのでご容赦いただきたい。

ほしのこえ。遠い宇宙に旅立った女性と、地球で連絡を待つ男性を描いた短編。

この時点で、過去に囚われた男性というモチーフが出てきます。

時差によって引き離された、距離感、携帯電話SNS時代以降のファンタジーすれちがい遠距離。のちの作品でも共通する要素が満載です。

それで物語の結末は、明確には示されません。時間と距離を隔てていても、気持ちがわかっている。それで、男の方は残されたままどんな人生を歩むのかは、解釈次第といったところ。短編ならではの余韻とも言えます。しかし、次の作品から逆算すると、思い出から戻ってこれていないのではと、強く思います。

雲のむこう、約束の場所

これはもはや、本筋のストーリーを説明しなくてもわかります。

この作品は、おとなになった主人公が過去を思い出す、という出だしから始まり、過去を舞台として本筋の物語が進んでいきます。そしてラストは、その過去の場面のまま終わっていく、映画の構成そのものが思い出から帰ってこれない作品になっているわけです。それを思い返したことで現在の彼がどうなったかもわからないまま過去に浸りきっています。

この過去に囚われ男がその思い出にひたるという要素があとあと強化されていくようにも思えます。

秒速5センチメートル

エンディングの歌詞の一部で十分ですね。「いつでも探しているよ」
以上です。

星を追う子ども

ここは大きな転換点だと思われます。

この作品では、過去に囚われた人物が二人出てきます。

変えられない過去をなんとかして変えたい。そうして異世界へと足を踏み入れます。そこでの出来事を経て、過去を受け入れて文字通り現実へと帰っていく主人公 一方、過去に囚われた男性は願いを叶えられぬまま、異世界にとどまり帰ってきません。

今まで作品での、過去に囚われた男というところで見ると、戻って来れなかったと結論づ蹴られますが、主人公の女の子は、しっかりと現実に帰ってきます。地に足の着いた物語と、現実に帰ってこれないファンタジーがそれのせめぎあっているかのよう。もしかしたら、脚本協力というクレジットがあるので、その方の功績なのかも。

言の葉の庭

過去に囚われた女性と、夢に向かって前進する男性という、珍しい構図。

この作品は、明確に帰ってこれてる。と思います。日常に疲れた男女が、雨の降る新宿御苑という名のファンタジー世界で心を通わせて、最期に気持ちをぶつけ合うのは、晴れた公園の外。

しっかりと現実世界に着地出来ていると思います。しかし、エンディング曲レインの歌詞は、若干、過去に囚われた男性の姿がちらついてしまう気もしますが、ドラマ内では日常へと帰ってこれていると思います。

君の名は、

帰ってこれていない。娯楽作品としては、当然のエンディングだとは思いますが、 過去に起こった悲劇をなかったことして、そうやって作り変えた世界の中で終わっていくというのは、現実の出来事をモチーフにしたお話の終わり方としては、夢の中すぎる気もします。

2019年現在においてはタイムトラベルは実現していないのだから、現実に着地させるためには、過去を受け入れるしかありません。

さて、最新作

天気の子では帰ってこれるのか。

プロデューサーの手のひらから逃げ出せるか、とかではなく、日常に帰ってくるものがたりとなっているか注目したいと思ってます。お聞きいただきありがとうございました。

@@@@@

天気の子をみて思ったのは、過去に囚われているとうのは、思春期の世界が自分の中心だった頃、という感覚に帰りたいというのが正しいかもしれません。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする